学校法人 和田学園  認定こども園 青竜幼稚園

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前園長日記/和田節子ライブラリー

『思い出さがし』 230・夏の海②

町内会の青年達は沖の方まで泳いで行って貝を持って来てくれました。それをアカシアや松林の中で手作りのコンロを作って焼いて食べさせてくれました。網の上に乗せられた貝が「アツイアツイ」と悲鳴を上げて殻を開いていくのを見るのが辛くて、私はいつも輪の外で砂の中に足を突っ込みながら眺めていました。みんなが「うまいうまい」というのを聞いて食べ終わった貝殻を集めていました。とても熱い殻を持つと胸が痛みました。「熱かっただろうな。でもみんなを幸せな思いにさせてくれてありがとう。ごめんね。」と心で言いながら1つ1つ海水で洗って持ち帰りました。美しい貝ばかりではありません。ゴツゴツした壺の様なものやはまぐりの中に黒いカラスの貝もありました。砂浜を歩くと他に美しいさくら貝や名も知らない美しい貝殻もありました。身はどうなったのでしょう。鳥に食べられたのかも知れません。色んな事を思いながら拾ってきました。2階の勉強机の隅っこにカゴの中に入れハンカチをかけておいたのですが、2学期が終わった冬休みに大掃除をした時、弟の拾って来た金属類(クギ、ネジ等)と一緒に全部捨てられてしまいました。弟は「お金になると思ってためとったのに。」と大荒れ。私は思い出が消え去ったと肩を落としていた時でもありました。弟は母に「おこづかいに不自由させたことなんかない!!」と叩かれ、私は「思い出なんてこれからいくらでも作れる!」と怒鳴られました。母の言う通りになりましたが、プロセスはやはり大切です。
2016年08月21日 23:58

『思い出さがし』 229・夏の海①

夏が来ると昔は町内会でみんなで海水浴に出かけたものです。一学期の終わりになると、どの家族も近くの海へ出かけたものです。粟ヶ崎、金石、柴垣、加賀笠間、遠くは能登の海岸も候補に上がっていました。プールなどのない時代、どの子も夏の楽しみは海へのお出かけです。浜茶屋のおじさんと仲良しになって毎日「よう来たか。1年で大きくなったね。」と言われて嬉しかったものです。海岸線が美しく砂浜から海まで遠くて、光の当たる日は砂が熱くて「アッチアッチ!」と言いながら足を上げて走ったものです。足の速い子は、早くに冷たい海水にたどり着き水しぶきをあげて奇声を出して大喜びです。ようやく海水まで足が届くとほっとして、海水と砂の混じりあった場所で休んでいながら、水をバシャバシャさせて「ヤッホー!」と叫んでいます。大自然の中、吸い込まれていく大声や叫び声はすがすがしい気持ちにさせてくれます。その頃は青りんごの実る季節だったのでしょう。どの家でも青りんごを持ち寄って海の中でキャッチボールです。そして十分に遊んだ後、青りんごをバキッと噛むと海水の塩分が青りんごのすっぱい味をかすかに薄くなり、甘味が加わった様でとてもおいしかったです。海辺での楽しみはスイカ割り大会です。ビニールバットを持って目隠しをしてスイカに近づき、思い切り叩くと砂がぱっと飛び散ります。みんな大笑い。子どもが叩くと当たっても割れず、もう少しというと泣いてしまう子もいました。
2016年08月15日 23:57

『思い出さがし』 229・子どもの夢⑤

『ごんぎつね』を読んでもらった5年生の男の子は次週の月曜日の朝、2年生の私のクラスの横を何度も通りながらメルちゃんを待っている様でした。メルちゃんはいつもぎりぎりに教室へ入って来るので、心配しながらメルちゃんの来校を待ちました。長い廊下を蛇行しながらやって来たメルちゃんを見つけた男の子は「おはよう!メルちゃん。」と大騒ぎ。まわりのみんなはただただびっくり。「どうしたん?」「メルちゃん、なんかしたん?」とメルちゃんに近づきます。「夕べね、お父さんにごんぎつねを読んでもらったよ。」と興奮ぎみの男の子。そして叫んだのです。「お父さんが泣いてしまったんや!」「えっ怖い話だった?」「違う!感動したんだって。」「感動ってびっくりすること?」「ちょっと違う。すてきだなって心がドキドキすることだよ。」「えー!?きつねの冒険?」「違う!」分からん奴だなあといった顔をした時、始業のベルが鳴りました。「じゃ、また掃除の時にね。」と男の子は教室へ走りました。その頃、掃除の時間は5年生と2年生が一緒に行動することになっていたのです。掃除時間、男の子は一番にやって来てメルちゃんの何やら説明していました。班長さんに「しゃべってばかりはダメです。」と叱られていたようです。掃除点検後さようならとした後、仲良く話す2人は和んで見えました。こうしてごんぎつねの物語を知った2人は、きっとそっと食べ物を運んだごんぎつねが鉄砲で打たれた後の煙のことで涙したのでしょう。次の日、ごんぎつねの夢を見たと言って感動していました。
2016年08月07日 23:21

『思い出さがし』 228・子どもの夢④

夢見る夢子さんであるメルちゃんと、夢見る夢男さんといっていいのか、楽しい会話を期待して日曜日を迎えました。出会ったのは幼稚園の玄関で、たくさんの絵本がならんでいました。「あっ、これぼく読んだことある。つばめが出てくるんだよね!」と2人は兄妹のように肩をくっつけて絵本を手にとっていました。「いいなぁ。こんなに絵本があったら毎日読みたいなぁ。図書館みたい。あ、これ15少年漂流記って書いてあるけど本当は二百十日間の休日とか言うんじゃない。詳しくは知らないけど少年たちだけで集団生活をするんだよ。冒険物語だよ。」「ふ~ん、私はね、三年寝太郎とか、かもとりごんべえさんが好き。だってパパいつも読んでくれたの。そうするとね、その夜カモと一緒にとんでいる自分の夢を見るのよ。」「君も夢を見るの?ボクね白雪姫と7人の小人のお話を読んでもらった夜、7人の小人達と踊った夢を見たんだ。」「お話ってすごいよね。絵本のお話の中で自分が舞台の上にいる様に見えて楽しいよね。」「いいな、きみは。」「どうして?」「だってぼく5年生になってからあんまり夢を見なくなってね。イヤなことがあった日は、電車にひかれそうになって目が覚めるんだ。」「辛いよね。元気がなくなるよね。私は毎日パパママに絵本を読んでもらうからかな、すてきな夢を見るよ。」「あ~そうか。やっぱりオレいやボク、パパに本読んでもらうといいんだね。この本貸して。」そう言って借りて行った本は『ごんぎつね』でした。
2016年08月01日 23:57

『思い出さがし』 227・子どもの夢③

いろいろな事があり、二週間ぶりの日記です。 「子どもって自由に夢を見るんだね。」と言ったパパさんがおられました。その横で5年生になった男の子が恥ずかしそうに顔を伏せて「パパ、やめてよ。やめて!」としぼり出すように話しています。「いいじゃないか、夢を見るってすてきなことだよね、先生。」と応援を求められて男の子をじっくり見つめることにしました。眉のキリっとしたすてきな少年でした。「お前は幼稚園の時から泣き虫で甘えん坊だったから男の子のくせに弱い奴になってしまって困ったもんだ。」と笑いながら、でも愛おしそうに話しておられました。いい父と子でした。「私のクラスにも夢みる夢子さんがいてね、いつもすてきな夢の話をしてくれるよ。」と言うと「えっ、本当?ね、どんな子?かわいい?」と早口で話かけてきました。目がキラキラ輝いています。「そうね、とてもかわいい子です。声もかわいいのよ。そしてね、みんなからメルちゃんと呼ばれていてね、夢のお話をしたら終わりがないくらいなのよ。」「いいな、ぼく、そんな子と夢のお話がしたいなぁ。今度いつか会える?」「今度の日曜日、何人かお友だちと一緒に私の家へ遊びに来るよ。君もおいで。」と言うと、にっこり笑ってパパさんに指切りげんまんを要求していました。そして、次の日曜日、2人が会うことになったのです。その夜はきっと2人共どんな夢を見たのか聞いてみようと思いました。
2016年07月24日 23:57

『思い出さがし』 226・子どもの夢②

「クライマックス?どんなマスクや?」とヤジが飛びます。「一番大切なところや。」とメルちゃん。「メルは小さいことも大きなことにしてクライマックスを作っとるし、もうわかった。神さまがみんなを守っとるから大丈夫やと思いなさいと言うんだろ。」と司会の男の子。「ありがとう!神さまのこと信じてくれて嬉しい!だったらもう少し聞いて。近くのお山にりんごの木も沢山あるの。その花も静かでおとなしくてバラの花みたいに美しくて、ハデじゃないのよ。神さまはね、もし梨の花やりんごの木の花が美しくてバラのように目立っていたら、道を通る人はきっと(わーきれい。一枝持って帰ろうかな)って思って、そっと枝を折ってしまうかも知れないでしょう。そんな人が何人もいたら、きっと梨もりんごも大きなおいしい実にならずに終わってしまうでしょう。だから神さまが実のなる木の花はとても静かで遠慮した色の花にしたんだと思ったの。ニュースでしょう!おしまい。」何人かの仲間が(そうやな)(考えたことなかったな)といった顔をしてうなづきました。思考の時間が流れた感じがしました。司会の男の子が「先生!さすがメルやね。ぼくらの考えたことのないことをいつも考えとるんやな。やっぱりメルヘンちゃんやな。」と考え深そうに言って、朝の会を進めて行きました。メルヘンという言葉を知っていることも驚きでしたが、仲間の言葉に納得して自分らしい反応をする子ども達を発見した喜びが残りました。
2016年07月10日 23:58

『思い出さがし』 225・子どもの夢①

2年生を担任した時のことです。みんなからメルちゃんと呼ばれていた子がいました。瞳の美しいかわいい子でした。どうしてメルちゃんと呼ぶのか不思議な気持ちを子ども達に投げかけたいと思ったのですが、(待て待て、少し様子を見てみよう)と思って、ある日の朝の会も注意深くメルちゃんを見つめていました。朝のニュースを聞いたり、話したりする時間がきました。当番の男の子はとてもいたずらの好きな明るい子だったので、楽しく朝の会は進んでいきました。「ニュースを話したい人は時間がないので30秒で話して下さい。」と言う当番に対して「1分だけお願いします。」と手を挙げたのはメルちゃんでした。司会の男の子は少し困った顔をしましたが「認めます。1秒過ぎてもアウトです。」と言い切り、みんなも「そうやそうや。」と拍手です。「じゃ、用意始め!」と男の子の手拍手でメルちゃんの発言が始まりました。「みなさんありがとう。聞いてください。家から出て木の影のところを歩いていたら、白い花びらがヒラヒラ落ちて来たのよ。ヒラヒラと落ちてくるのは美しいんだけど、上を見たら桜の花みたいにきれいじゃないの。みどりの葉つばの陰で静かに咲いていたのよ。よく見たら私の好きな梨の木だったの。」「それがどうしたんだよ。」「聞いてよ。みんな。神さまってちゃんと考えておられるのね。母さんの言う通りだと思ったわ。」「チーン。時間です。」「おねがい!もう少しでクライマックスだから。」
2016年07月06日 23:57

『思い出さがし』 224・子どもの自己防衛⑤

子どもは自分を守るためにウソをつきます。そして、それが成功するとウソをつくことが後ろめたくなって、自分を責める感情が薄くなる場合が生まれます。でも、ウソをつかざるを得なかった自分を分かってくれていると感じると、正直に話すことを選ぶようになります。私も厳しく問いつめられて思わずごまかしてしまった時は「また!!ウソでしょう!親の目をごまかす子はこの家におくわけにいかん!」と怒鳴られた時、恐くて必死に自分が有利になる様に架空の子の名前を口にして、その子のせいにしたことがあります。母は「フーン」と言って黙っていましたが、きっと呆れていたのかも知れません。私はそんな自分が情けなくて、暗がりの部屋の中で泣いていました。それを見つけた叔母のトコちゃんが見つけてくれて優しく声をかけてくれました。「せっちゃん、辛いことあったんか?自分のこと嫌になったんか?」その声で私の心は扉を全開にし、トコちゃんの胸に飛び込んで泣きました。そんな私を黙って抱きしめてくれて背中を優しくなで続けてくれました。「この人のためにも、もう二度とウソは言わないでおこう!」と思いました。子どもは小さなウソを自省しているのです。それを強く責め続けられたり、罰を与えられたりすると、自分を守ろうと思わずついてしまうウソがあります。言い訳であることもあります。それを追求すると言い訳やウソはエスカレートします。自分を守りたいからです。この時、守ってくれる人が現れると、下手な言い訳とウソを言っている自分を分かって守ってくれた人への信頼感となり、家族の中で素直になれる場所を見つけて、正直な子になって行くのではないかといつも考えています。
2016年06月26日 23:57

『思い出さがし』 223・子どもの自己防衛④

悲しい手紙の最後には「私は子どもを産むことで、もう大きな罪を背負ったのです。」と綴られていました。厳しくて、いつもおどおどしていた私の幼少年時代を思い出して涙をこらえることが出来ませんでした。私の母は忙しい人で、私は母のヒザの温かさを知りません。でも、母に代わって父の妹だった叔母さんが常に逃げ場になっていました。しかも怖い母の味方をしながら私を抱きしめてくれたので、母への恨みは残りませんでした。こうした逃げ場がないと子どもはウソをついてその場を逃げようとします。年令によっては、すぐ分かるウソもありますが年令が高くなると本当に見抜けないウソをつき、それでも見透かされると感じると見事に他人に転嫁し、その場で正当化を主張します。こうして人を騙すことが身につくのでしょうか、自己防衛のウソだなと気付けた時に原因をつきとめて、気持ちを分かってやるチャンスを逃さなければ生きる方向はきっと違っていたと思います。「ウソをつく子は悪い子」と決めつける前に、どうしてこの子は、こんなにウソを言わなければならないのかと、ほんの一瞬でも考えてくれたら声のかけ方も違うのではないでしょうか。私も母に叱られたり叩かれたりすると、つい本当のことが言えず、叩かれないようにウソをついてしまったことがあります。でも、その時、私の様子を見守ってくれた叔母に優しく問いかけられて本当のことを話す勇気をもらいました。それは、折り紙1枚を借りただけなのに厳しく問い詰められて、つい「学校からもらった。」と言った小さなウソが「学校では折り紙なんか分けていない」ということで言い訳が通らず苦しんだ日を思い出します。
2016年06月20日 23:58

『思い出さがし』 222・子どもの自己防衛③

二週間のご無沙汰で、再開します。 長い手紙は、まだ半分位でした。私は、Hさんに「今日ゆっくり読んでくるので明日まで待ってね。」と伝えて、その日の夜、再びゆっくり読み直してみました。お母さんは神経科へも受診したらしく、その時の冷たい看護士さんと温和で優しい先生のことが書かれていました。その時代は今の時代ほど心療内科や何でも相談で信頼できる先生が多い時代ではないので、きっと勇気が必要だったろうとお母さんの切なさが伝わって来ました。「こんなこと、どこかであったなと思う時は、だれにでもあることです。列車に乗り遅れて、その車輌の後ろ姿を見ながら、こんなことあったなあと思うのは体験を思い出すからです。でも、あなたの様に何度も思い出すのは、自分の人生の中で一番近い存在だった人の影響が強いのです。親、祖父母や兄弟との関係の中で、忘れたいと思っている出来事の1つ1つではないですかと、先生に言われて、ハッとしました。私は厳しい祖父母や両親のもとで生きて来ました。母に叱られたら、ばあちゃんのふところに逃げ込んだという話を聞くたびに涙が出そうになりました。私には逃げ場がなく、女の叱責を訴えるため祖母に泣きつくと叩かれ、お説教をされました。明治の女性らしいキリッとした物言いは、有無を言わさないものがありました。だから私はいつも押し入れの中で声を殺して泣きました。そして、大きくなり人様と同じように結婚して子どもを産みました。私には許されることではなかったんだと思っています。
2016年06月12日 23:58

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