『思い出さがし』 240・いのち②
聞けば姉の生んだ女の子が産院から実家へ帰って来た日、彼は父や母が今か今かと待ちわびている姿をうっとうしいと思っていたらしく口をとがらせてアゴを前に突き出した不満気な顔でイヤイヤ玄関で待っていた様でした。やがて姉のご主人が車を家の前で止めると、後方のドアを大きく開けて姉に抱かれた赤ちゃんと共に降りて来て両親の迎える玄関の戸を開けて「ただいま。」と入って来たそうです。彼は何となく気恥ずかしくて茶の間に逃げてしまったそうです。若い男の子にとっては、そうなるかも知れないなと思っていましたが、自分とあまり年の離れていない姉の夫との関係もあったのでしょうか。でも早速買ったばかりのベビーベッドに寝かせると思っていたのに、両親が交互に抱き上げて「パパにそっくりの鼻やね。」とか「口元がママそっくりやね。」と言い合っているので、そばへ行けずウロウロしていると、姉が赤ちゃんを抱き上げて彼の腕の中にそっとおいて「ほら、叔父さんやぞ。勉強大好きな叔父さんやぞ。」と言ってくれたのです。赤ちゃんはピンク色の唇をモニョモニョさせてから、ぱっと目を開けたといいます。その反応は彼の中にわだかまっていた何かを振り払ってくれました。「こんな小さな生命が生きている。俺の腕の中で動いている!」何と表現していいかわからない思いがほとばしり出て泣きそうになったと言います。その彼を見るでもなく、どこか遠くを見つめて笑ったように見えた時、彼の心に自分を変えようという勇気が湧いて出たと言います。
2016年11月20日 23:58