『思い出さがし』 ①父のラブレター
今日から毎週金曜日に園長先生の『思い出さがし』を連載します。園長先生が今まで出会った方々との思い出が綴られます。
第1回目は「父のラブレター」です。
1936年(昭和11年)2・26事件のあった年に私は生まれました。東京も雪だったようですが、金沢も雪だったといいます。
激動の昭和時代のまん中で生を受けたことを実感したのは、5歳の冬、父の仕事で北朝鮮の鉄原という所に住居を移すことになった時です。保育園の年長組の時に仲良しの友達と別れることは辛いことでした。でも、子どもの力ではどうしようもないことでした。出発前の忙しい中で、私の心をホッとさせる時間がありました。荷造りを終えて、引っ越し荷物を積み込んだトラックが家の前に停車していました。私が玄関を見渡すと、柳行李(やなぎこうり)が1つ残されていました。角が破れて中が見えました。母が嫁入りの時、荷物を入れて運んで来た荷物入れだったのでしょう。破れた所から見えたのは、毛筆で書かれた封書の様でした。少し手を入れて中を動かすと「木村ことさま」と言う文字が見えました。もう少しかき回すと「田野芳老」と書かれた文字が何通もありました。父のフルネームです。でも木村こと、という名は知りませんでした。「だれだろう。」と思っている所へ母が来て「やっぱりこれ持って行くわ。」と独り言を言って柔らかい表情をしたのです。「あっそうや。母さんの名前は「こと」だった。---するとこの中はみんなお父さんからの手紙!」段ボール3個分の父から母へのラブレターです。何か暖かいものにくるまれた様な幸せ感がありました。厳しい母の意外は一面でした。