『思い出さがし』 187・いろいろな子と出会う③
一瞬教室の空気が動かなくなりました。A君を見ると手を休めることなくサザエさんを描いています。私はA君の姿の中に揺るぎないものを感じて、じっくりA君の手元を見つめていました。彼は出来上がった絵の空白の部分に何やら書き始めました「『サザエさん』どひくんへ」と書いたのです。どひ君とは、「そんな絵、いらん。」と言った15番目の土肥君だったのです。「いらん」と言った時、部屋の雰囲気がいつもと違っていたので土肥君の表情が引きつっていました。そんな土肥君にA君がさっと近寄って「ありがとう。」と言ってサザエさんの絵を差し出したのです。みんなはビックリしました。いつもは「はい」と「いいえ」とか「イヤ」といった短いフレーズの単語しか聞いたことがなかったので、みんなはひどく驚き、プレゼントされた土肥君は、もっとビックリして、「あ、ありがとう。」と頭を下げて照れて椅子に座りじっとサザエさんの絵を見つめていました。みんなもその絵を覗き込んで「絵も上手やけど字が綺麗やな。」と(すげえなぁ)という表情がいっぱい見られました。土肥君はその日の帰りみんなと少し遅れて私が教室から出て来るのを待っていたようです。駆け寄って来ると少し低い声で「先生、A君なんで『ありがとう』って言ってl僕に絵をくれたんやろう?」と聞きました。目が真剣でした。「そうだね、先生も分からんかった。でも土肥君なら分かるんだと思ったのに。」と言うと、「僕も色々考えてみたけど、思い当たることがないんや。なので、『ありがとう』なんやろう?」とズックの先で廊下をつつきながら首をかしげています。
2015年10月02日 23:56