『思い出さがし』 177・親と子②
道路にまかれた水には消毒の匂いがしたのです。クレゾールかアルコールか分かりませんが魚屋さんの隣だったので困ったと思っておられたのでしょう。私は何か理由があると思っていたのですが、ある日、男の子が隣の魚屋さんに走っていって「お母さんに電話して!」と叫んでいました。お客さんも数名いて「どうしたの。」「ぼく痛いとこあるんか。」と聞いているうちに電話番号の書かれたメモ紙を「おばちゃん、助けて!」といって出したのです。電車道をはさんで斜め向かいにいた私には男の子の必死の姿が痛々しく映り、ついお店へ走って行きました。「助けて!」と言われたおばちゃんは早速メモ紙を見てダイヤルを回していました。そして、「お父さんはいないの。」と聞いていましたが、とうとう泣き出し、「お父さん、血が出た。血が出た。」と切れ切れに叫んだのです。私はいつも家にお父さんが家にいて静かに本を読んだり、何かを書いておられる姿を見ていたので、お節介だと思ったのですが、その家の玄関を開けて「お父さん!」と叫びました。奥の部屋の襖が少し開いていてお父さんの咳込む姿が見えました。口元にタオルを当てて、「入ってはいけません!」と強く言われました。一瞬ひるんだ私の目に血に染まったタオルが見えました。その頃、結核で亡くなる方が多かったので看護師だった母からそのことを聞いていたので小さな息子と終日一緒にいる父と子のことを考えると息子が可哀相で泣けてしまい、お店のおばちゃんに報告しました。
2015年07月10日 23:54