『思い出さがし』 172・生と死⑤
英ちゃんのおばちゃんが手ぬぐいで汗を拭きながら帰って来ました。袖の中に赤い小さな実と野ゼリとジャガイモの様な物を入れて持って帰って来てくれたのです。1ヶ月間も貨物車の中で暮らしていた私達にとって、それはとても嬉しいお土産でした。赤い小さな実は茱萸(グミ)といい、少しすっぱいけど私は大好きでした。野ゼリは少々ゆがいて食べると不思議な美味しさがありました。ジャガイモみたいな物は、やはり芋の仲間でしたが、名前が分かりません。でも、おばちゃんは「毒ではないけん、みんなで食べような。」と缶詰の缶を川で洗って、芋を小さく切ってコトコト煮てくれました。少し大きい石を組み合わせて竈(かまど)を作っておいた私の母は「どこまで行って来たの。昼間はあんまり遠くへ行かんどいてね。」と言い「あんたが見つかると、この部隊みんながやられるんやからね。」と念を押していました。「すみません、気をつけます。」と泣きそうに謝るおばちゃんの横で私は母を睨みつけていたと思います。「おばちゃん、ごめんね。あの池、少し壊して来たんや。明日またそっと見て来るわ。」と言うとおばちゃんは私の手をとって「ありがとう。あの魚がみんな英ちゃんに見えた。辛かったんや。どうしても食べる気がしなかったんや。」と肩を抱いてくれました。「魚の大好きだった英ちゃんが魚になってお母さんに会いに戻って来たと思うんやろな。生命ってすごいな!」私は敏ちゃんとそんな会話をしながら寝ました。
2015年06月05日 23:57