『思い出さがし』 72・冬山でねむる
冬山登山で沢山の方が山で死亡したニュースを目にし思い出すことがあります。中学2年生の時の山登りの大好きな男の子に出会いました。色白で、山のことを語る時は少し顔がピンク色に変わるかわいい子でした。成績も良いので、彼に憧れる女の子が何人もいて、クラスの雰囲気は華やいでいました。彼が山の中で見つけた小さな花や珍しい木の実のことを話すのを聞いて「この人は本当に山が好きなんだな。」と感心していたのは私だけでなく、男の子の中には「お前、山のことになったら時間を忘れるんやな。」とじみじみ言う子がいて楽しいクラスでした。大学生になった頃、たしか日本アルプスのどこかの山で彼が遭難したという知らせが入り、私たちは連絡を取り合って彼の家を訪ねました。家の中はひっそりとして静かでした。母子家庭で育っていたので、お母さんの逞しさは評判でした。でも、どんなに落ち込んでおられることだろうと恐る恐る声をかけたところ、元気な声が返ってきました。「ありがとう。あんた達、あの子は山が好きでいつも私に言ってました。もし僕が遭難しても決して慌てず一週間待ってほしい。一週間の間に帰って来なかったら葬儀を出してもいいよ。どうか捜さないでください。僕はずっと山に抱かれていたいから、って。だからみなさんに捜索しないでほしいとお願いしているのです。」「あの子は大好きな山のふところで静かに眠っていると思って下さい。」と何度も言われました。そして、今も山のふところで眠っているのです。