青竜幼稚園・青竜第二幼稚園

石川県金沢市額新町と石川県野々市市上林にある幼稚園です

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園長日記

『思い出さがし』 221・子どもの自己防衛②

泣いて寝ている子を見て、自分のしたことの残酷さに気付き、汗をかいて寝ている子の寝顔に『ごめんね、母さんは悪い母さんやね』と言って抱きしめたこともありましたが、歩行器にまたがってどこへでも出かけることができる様になると裸足のままで庭へ出たり入ったりお父さんが大切にしている金魚鉢の中へ何でも入れて喜んでいる彼女は、まるで怪獣のようで許せなくなり、初誕生の頃には、その成長を祝う気持ちより、誰かに育ててほしいと思う様になりました。でも、娘がとんでもないことをするたびに、あぁどこかで見たことがあるなぁ、誰かがやっていたことじゃないかなと、ふと思うことが多くて私の中にもう1人の自分がいるのではないかと疑う日が多くなりました。イヤだイヤだと駄々をこねる3才児頃、買い物帰りにどうしても店頭で動かないので最後には、しびれを切らしてその場に置いて車で帰って来た時がありました。その時も、あっこんなことあったなと思ってめまいがしました。幻覚を見ているのかと自分が怖くなりました。大雨の日、「出て行け!」と大声で怒鳴った時、雨の中を平気で、ずぶ濡れになって歩き出した我が子を見た時も私はどこかで見た光景だと思うと鳥肌が立ちました。やっぱり私がおかしいんだと思って、こども相談に電話をしてみましたが「よくやっておられる。その気持ちを大切にして腹が立ったら深呼吸して下さいね、大丈夫です。」とのことで私は少し安心しました。そして、2年保育で幼稚園へ入園しました。

2016年05月29日 23:57 |コメント|

『思い出さがし』 220・子どもの自己防衛①

2年生を担任した時のことです。初日にお母さんから長いお手紙を頂いてびっくりしました。その手紙を持って来たのはHさんで目のくるくるした少し色は黒いがとても可愛い子でした。でも、その目の奥には不安がいっぱいでオドオドしていて今にも泣き出しそうでした。私はさり気なく受け取って「先生、すぐ読んで分かったことがあったら教えてあげるね。」と言って、すぐ封を切って休み時間に呼んでみました。冒頭から思いつめた文章が迫って来ました。「先生、私は子育てに向いていないのです!!自分の子をかわいいと言う母親を見るとヘドが出ます。どうしてそんなことが言えるのかと叩いてやりたいと思います。私が変なのだと思って、いろいろ反省もしてみましたが、やっぱり他の人が変なのだと思います。いや、みんなが変なのです。彼女は生まれてからしばらくは、お腹がふくれると寝てばかりで手のかからない赤ちゃんでした。ミルクもおっぱいもそんなに面倒なことではなく、時々眠くて愚図っていても揺すると泣き止み、よく寝てくれました。5ヶ月過ぎから余り昼間は寝ない子で泣き声も大きくなり、揺すっても寝てくれません。私は思い切りお尻をひと叩きしました。彼女はびっくりしたのか、すぐに泣き止み私を見て泣きじゃくりながら抱っこを求めて来ました。「しまった」と思って抱きしめましたが、少し泣き止んだだけでした。又、大声で泣き叫んだまま疲れて眠ってしまったようです。この日を境に大泣きしてはお尻を叩かれ絶叫して疲れて眠るというパターンが出来上がりました。
2016年05月23日 23:57 |コメント|

『思い出さがし』 219・小さな命③

双生児の片方が、その小さな命を私の腕の中で終わってしまったという体験は重いものでした。その時の小さな胸や手足や弱々しい泣き声が何ヶ月も私を平静でいられない原因となったのです。友人との話し合っているいる時も、少しの間があるとすぐ表情が曇り、ため息をつく陽になったと言われました。自分では平静でいるつもりですが、心の中の重い荷物はそんな状況を許してはくれません。「何かイヤなことでもあったの?」「誰かに何か言われたの?」等、心配してくれる友人達に思い切って赤ちゃんの死と向き合った話をしました。「えっ、心臓は音がするの?」「人工呼吸ってどうするの?」「小さいってどれくらい?」「どんぶり茶碗の中で産湯を使ったという話を聞いたけどそれ位でしょうね。」「だっこしたら腕の中から抜け落ちそうでしょうね。」「若いお母さんは前から覚悟していたんでしょうね。」「自分の子どもだったらどうするだろう、想像がつかないわ。」「双子が生まれると昔は普通じゃない不吉だと言って一方の子を川に流したり山へ捨てに行ったりしたんだってね。」「随分酷いことをしたものね。竹取物語のかぐや姫の伝説もそうした捨て子のことだったかも知れないわね。」「酷い話よね。生命を軽く見ているよね。」「昔に生まれなくて良かった。私の兄は私と双子なのよ。二卵性だから顔も似ていないし、性格も正反対なので楽しいことも多いけど腹の立つこともあってイヤな奴だと思うけど心強いことも多くて、兄妹ていいなあと思うわ。」「今は双子がもてはやされる時代だもの。うらやましいと思う。」雑談は何時間も続きました。
2016年05月15日 23:58 |コメント|

『思い出さがし』 218・小さな命②

着物の裾を捲り上げて母が階段をかけ上がって来ました。私の抱いていた赤ん坊を引き取って小さな胸に指を当てて人工呼吸を続けました。小さな小さな胸でした。母の3本の指が動き続けます。少し赤味の出て来た赤ちゃんを見て母は、「頼む、これを続けて!余り力を入れると肋骨が折れて肺に突き刺さるから、そっと続けて!母さんお医者に電話して来る。」と言って赤ちゃんを渡されました。まだ名前もついていない子に「とみちゃん、がんばれ!生きるんやぞ、がんばれ、とみちゃん。」と勝手につけた名前で小声でつぶやき続けました。しゃっくりは止まりません。時々、フーと言って静かになりますが、何故か笑っている様に見えて「とみちゃん、とみちゃん。」と呼びかけながらお医者さんを待ちました。もう1人の赤ちゃんが大きな声で「オギャ!」と泣くのを聞いて私の名づけた、とみちゃんは弱々しく泣きました。そして、大きなしゃっくりをした途端、心臓の音がはっきり聞こえてきました。「コトコトコトコト。」人工呼吸をする指先に伝わって来ます。そして「コントン、コト、コトン。」と少し大きな音がして、赤ちゃんは静かになってしまいました。私の胸の中で心臓が止まったのだと実感すると私はその赤ちゃんを抱きしめて壁に寄りかかってボーとしていました。ふと気がつくと若いお母さんが私を横から抱えて「ありがとう、せっちゃん。生まれた時から覚悟してたんや。最後に優しい人に抱かれて仏様の所へ帰って行ったんやと思う。ありがとう。」この言葉が今でも心の奥で生きています。
2016年05月08日 23:58 |コメント|

『思い出さがし』 217・小さな命①

私は大学時代、我が家に下宿していた若い夫婦のことをよく思い出します。印象的だったのは若夫婦と双子の赤ちゃんが生まれた日のことです。小さな小さな赤ちゃんが顔をならべて眠っていました。1人は真っ赤な顔で、もう1人は白っぽい顔でした。余りの小さい姿に触れる勇気がありませんでした。それは、本当に壊れそうだったからです。でも、ちゃんと呼吸をしていました。赤い方が大きな声で泣くとつられた様に白い方が遠慮した様に泣くのです。若い母によると650gと500gだったということでした。あくびをしたり、口元も動かして目を開けようとしている赤い方の子は、とても動き、どこでも見たことのある赤ちゃんでした。でも、白い方は何だかどんどん白くなるようでドキドキして来ました。私の母が助産婦だったので我が家での出産となったのでしょうか私は心配で母を呼びに下へ降りて行きました。そして、白い方の子のことを告げると「明日、小児科のお医者さんに診て頂くことになっとるんや。」と言って「助けたいけど。」と涙ぐんだのです。60数年前の話ですから医療の面でも難しかったのかも知れません。私は夕食もとらず彼女(2人共女の子)を見つめ続けました。夜の12時の時計の時報が始まった時、白い方の彼女は突然しゃっくりをし始めました。私はしゃっくりに見えたので初めて両手で抱きあげて小さな背中を撫でました。驚くほどの心臓の速い動きが伝わって来ました。「母さん!苦しそうや!」と私は階下の母を呼びました。
2016年05月01日 23:57 |コメント|

『思い出さがし』 216・小さな親切⑥

終わりの会は続きました。「ねえ、男の子は『窮屈や』って言うけど、私達は友だちの良い所探しが出来て良かったよねえ。」とリレーではいつもコーナーで先頭に追いつき直線でトップで優勝してくれる、なお子さんの意見も出ました。いたずら坊主も、なお子さんには憧れみたいなものがあって余り反対が出来ません。「そりゃそうやけど、良いとこ、良いとこって探すのめんどくさくないけ。」「めんどくさいと思うから、すぐケンカになるんや。」「ケンカじゃないもん。友だちになるための握手みたいなもんや。」「へえ、あんな掴み合いの握手なんてないわ。」「お前ら女と違うんやなー。」と、はじめくんは男の子を見渡します。「そうや、おれら男のことは女には分からんやろ!」と数人の子が立ち上がります。「ちょっとタイム!」私は手を上げてみんなを見つめました。よく見ると、3年生の後半に入った子ども達は何となく男の子と女の子の違いみたいなものを感じました。体の大きな男の子は小さな子と比べると骨組みが男っぽい感じです。いつもじっくりと子ども達を男女の違いで見たことがなかったので新鮮でした。そういえば、この年令頃から女の子は小さなグループで固まり、男の子は大きなグループを作っていたなと思い、「親切運動のことでみんながとても深く考えてくれたのが大きな学びだったと思います。そんなみんなと出会ったこと、本当に嬉しい。みんなに大きな〇(まる)をあげます。花まるかな。そんなみんなに1つだけ注文があります。男と女と言うより人間として成長してほしいです。」「そんな注文は、あと10年待って下さい。」とおどけて言ったのは、はじめくんでした。
2016年04月24日 23:58 |コメント|

『思い出さがし』 215・小さな親切⑤

「先生、ぼく〇いっぱいつけてもらって嬉しいし、気分良かったけど、りょうくんのことばを聞いてこんな運動でみんなが本当に心の優しい親切な人になれるんか分からなくなった。」はじめくんはそう言って自分の耳に手を当てて天井を見上げていました。わか子さんは「ハイ。」と手を上げて、「私も同じです。最初は、いじめる子がいっぱい出て来て新聞なんかでニュースになったんで子ども達がどうしたら相手のことを考えて優しくなれるかって考えたんだとお母さんから聞いて、そうやなと思ったんです。お母さんは、いじめっ子なんかいない学校にするための運動だと言ってくれました。私は親切にすることが当たり前だと思っていたので、いじめっ子のことまで分かりませんでした。でも私は」と言って口ごもり間をおいて決心した様に次の様な光景を話してくれました。「この間、給食前の手洗いに行った時、ある子がすぐ後にいて、私が止めようとしていた水道の栓をまわして止めてくれました。そして、『これ親切やね。ね、ありがとう言って!』と言われました。そのクラスでは、ありがとうと言われたら〇をつけるのだというのです。私は心からありがとうと言えませんでした。ありがとうと言ったあと、私は泣きそうになりました。自分の事は自分でやろうとしている人のすることを横取りすることは親切ではないと思います。だから、早くこの運動がなくなって欲しいです。」この運動を最初から疑問に思っていた私の心にスーッと入って来る言葉でした。「先生、ボク分かる。だって、親切って考えとったら、ケンカも思い切ってできんし、本当の友達の気持ち分からんくなるもん。」「そうや。毎日毎日、親切の壁に囲まれて窮屈やった。」そんな子が男の子に沢山いました。
2016年04月17日 23:58 |コメント|

『思い出さがし』 214・小さな親切④

りょうくんとわか子さんでした。終わりの会でみんなの理由を聞きながら、首をかしげているりょうくん。ただニコニコ笑って聞いているわか子さん。私は2人の話を聞いてみたくて毎日どうしようか迷っていました。あの2人ならいつか自分の言葉で自分の考えを言ってくれるだろうと思っていたのです。2週間が過ぎても2人はいつもの表情でした。3週目に入って、はじめくんが手をあげました。「りょうくんに質問していいですか。」「はい、どうぞ。」私は彼にある期待を込めて指名しました。「りょうくんは今日ぼくが給食当番のエプロンを忘れて来たのを思い出してウロウロしていたら『ぼくのを使って』って貸してくれたのに〇がついていません。ダメだよつけなきゃ。」と言ったのです。「りょうくん、答えてあげて。」と言うと「ごめんなさい。ぼくはたまたまお母さんが早めに洗濯をして持たせてくれたから貸しただけで、そんなの親切というのかな、と思っていたんだ。」と耳たぶまで赤くしながら恥ずかしそうに答えたのです。教室が何となくざわつき始めました。(親切やと思うね)(お母さんに〇をあげたらいい)(りょうくん、嬉しかったのに文句言うのヘンやね)私はしばらくざわつく教室を黙って見ていました。
2016年04月10日 23:57 |コメント|

『思い出さがし』 213・小さな親切③

終わりの会で踊って見れば良かったと思って、次の週を迎えました。小さな親切運動の始まりです。月初めの1日、確か10月だったと記憶していますが学校では親切運動表があって、親切をしたと思った子が自分の名前の欄に〇を書いて行く表だったと思います。そして、その理由を終わりの会で発表することになっていたと思います。ハジメ君は長休み時間後に早速〇をつけました。給食が終わると数人の子が〇を複数個つけていました。「先生、一日一個だよね。」と終わりの会で質問が出ました。「だって先生、『一個だけ』って言わなかったやろ。」と反論する子がいて、私も思わず「ごめんね。みんなで話し合おう。」と言うことになり、一日一個選んで給食後の終わりの会までにつけることに決まりました。毎日の〇に目鼻がついてお月様が笑っているように見える〇印もありました。どうして〇をつけたか理由を言う時、一番多かったのが1年生の子の下駄箱から落ちていたズックをきちんと入れてあげたというもの。落とした物を拾ってあげたこと。それも1年生の子の話でした。ハンカチを貸してあげた。水道の蛇口をひねってあげた。等、1年生への親切が続きました。一週間後、私は表を見てみんな同じ位の〇を書いていた中に2人だけ1個の子を見つけました。
2016年04月03日 23:57 |コメント|

『思い出さがし』 212・小さな親切②

終わりの会で続きをすることになり、終わりの会を少し早めました。「先生、3組の子達すっごく優しくなったよ。給食の前の手洗いでハンカチをサッと貸してくれたよ。」「掃除の時、雑巾の絞ったのを『はい』って渡してくれたよ。いつもボクの絞ったのを取って行くのに・・・。」「でも、嬉しくなったでしょう、少しは。」「うん、ちょっとね。」「でも、気持ち悪いこともあるよ。」「あるある。いつもと違うと気持ち悪いな。」「そうそう、お母さんがボクに何か頼む時、急に優しくなったりする時も気持ち悪いよな。」「うん、私いつもそのやり方に騙されとるかも知れん。」「親の奥の手や。」「『孫の手』ってあるけど、『奥の手』もあるんや。子どもっていっぱい損しとるかもね。」「ウフフ・・・。」と笑う子が沢山いました。「でも、騙されたとしても嬉しい気持ちになるのは何でやろな。」「ありがとう。みんなの考えがとても良く分かって楽しい時間になったけど、本当はね、今週から『小さな親切運動』というのを学校全体で始めることになったので、先生は『親切って何だろう』と思ってみんなの考えを聞いてみたくなったのです。みんなの話を聞いて親切にされると悪い気がしないことが良く分かったんだけど、本当に心から嬉しいと思えることについて考えて欲しかったの。親切だと思ったことが逆にその人の心を傷つけたりしないだろうかと考える年令になったみんななら分かってもらえると思って『親切とは何か』と聞いてみたのです。小さな親切運動について、よく考えて行動して下さいね。ありがとう。3年生ってすごいなと今、先生は嬉しくて踊りたいです。」「じゃ、踊ってみて。アハハ・・・。」終わりの会はおしまいです。
2016年03月27日 23:57 |コメント|

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