青竜幼稚園・青竜第二幼稚園

石川県金沢市額新町と石川県野々市市上林にある幼稚園です

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園長日記

『思い出さがし』 51・いじめについて思うこと

「赤ちゃん」と言われると決して気持ちの良いものではありません。バカにされることは本当に辛くて、とても悲しいものです。自分の存在が否定されたことに怒りを覚えるのです。弱い子だと分かってからターゲットは決まってしまい、私が集中していじめられました。毎日たくさんのクラスメートが「赤ちゃん」と呼び「弱虫」とからかい続けたのです。クラスに居場所のなくなった私は図書館に逃げ込みました。そこには6年生の頼もしいお姉さんがいたのです。京子ちゃんと呼ばれていたそのお姉さんは、静かで優しい人でした。「私の横で本を読みなさい。いじわるされたら私が守ってあげるね。」と優しく声をかけてくれました。私はオドオドしながら京子お姉ちゃんの横で絵本を広げていました。人魚姫の話だったと思いますが、入口の戸が開くたびにドキドキしていました。やがて数人のグループが戸を開けて入ってきました。「こんなところに逃げてる。1年生は入ってはいけないのよ!」とリーダー格の子が声を荒げました。すかさず京子お姉さんが静かに言いました。「ここは大声を出す所じゃないのよ。本を読まない人は出て行きなさい。」天使の声に聞こえました。涙が流れました。私を睨んで出て行った仲間達を見ながら、京子お姉さんは涙を拭いてくれました。そして「ちいちゃん、誰にも負けない何かを大切にして頑張ってみてね。応援してるよ。」と言ってくれました。その日から私の自分育てが始まりました。  (つづく)
 
2012年08月24日 10:50

『思い出さがし』 50・いじめについて思うこと

今どのチャンネルを押しても「いじめ」についての話題が出て来ます。いじめは今も昔も変わらず起きているのでしょう。70年も前、私は北朝鮮で小学校1年生を迎えました。金沢から現地へ行ったのは私一人で、他の子達は日本全国から来ていました。私と同じ一人ぼっちもたくさんいたと思います。日本の中央から太平洋側と日本海側に分けると、日本海側から来たのは少数でした。太平洋側から来た子はとても明るくて、はきはきしていてフレンドリーだったようですが、日本海側から来た子3人は、のろくてはっきりしないので、少々まわりの子にとってはお荷物だったのでしょう。よく「はっきりしてよ。」「どっちなの?」「もう、おそいんだから。」と叱られてばかりいました。新潟と兵庫の日本海側から来た子と私の3人は怒声と罵声の中でウロウロしていました。3人で固まっていると「何でボヤボヤしているの?」「離れて動きなさいよ。」と言われ、黙って離れるしかありませんでした。何をしてもオドオドしている私を見て、リーダー格の子が「あなた何月生まれなの?」と質問され、弱々しく「2月生まれです。」と答えたところ「ヘェー1つ下なのね。赤ちゃんなんだ。」と言われて私は思わず「赤ちゃんじゃない。」と大きな声で言い返したところ、リーダーの仲間が何人も周りを取り囲んで「赤ちゃん赤ちゃん。」とはやし立てたのです。私はうつむいたまま、その嵐のようなコールの中で固まっていました。「あっ先生や!」という声で赤ちゃんコールは止まりましたが、それなりの抵抗を示した私は、いじめの対象となったのでした。(つづく)
2012年08月10日 11:00

『思い出さがし』 49・夏休みの読書

夏がこんなに暑くなったのは21世紀に入ってからではないでしょうか。末っ子の夏休みの自由研究の1つに『我が家の温度調べ』というのが出て来ました。昭和60年の頃の研究です。我が家は寺院なので部屋がいくつもあります。普段使わない部屋は物置になっていることが多いので、子ども達の友人が何人も遊びに来て、かくれんぼをしたりして楽しんでいました。子ども部屋が3つと夫婦の寝室に下の息子2人が川の字になって寝ていた頃なので、5か所に温度計を置いて夏休み中の各部屋の温度を測り、表にしたものでした。子ども部屋、本堂、廊下、親の寝室、応接室の各部屋の温度を見ると、30度を超す日が数える程しかありません。そして広い応接室には(読書する部屋)と括弧書きがしてあり、室温は常に28度位です。それも2時の観測時ですので、最高の温度だったのでしょう。窓を開けて風を通していると、今の節電時の室温だったようです。そこで親子でよく本を読みました。殆どが読み聞かせでしたが、アラビアンナイトや小公子、小公女、かもとりごんべい、イワンのバカ、へっこきよめさ、小泉八雲の怪談、そして昔話を色々。時間も一定せず、その日の気分で読んだり語ったりしたことだけは覚えています。お化けの話をしてくれというので、でたらめ話を昔話を参考に語ったり、魔法をかける話をしたりして暑さを吹き飛ばしていたのでしょうね。でも、最近の様な暑さでなかったことは確かです。
2012年08月03日 11:05

『思い出さがし』 48・夏休みの思い出②

最近の日差しはとても強くて、海水浴に行くのも何となく億劫になりがちです。日光浴は身体のために大切なことだと教えられていたのに、今では皮膚がんのもとになると言われ、UVカットの乳液を全身に塗りたくって短時間だけ太陽をあびるという時代になってしまいました。子ども達がまだ幼児の頃は、太陽の光の中で思いっきり体を動かして、真っ黒になって2学期を迎えるのが恒例でした。黒んぼ大王となって表彰されたこともありました。紫外線が有害だということがわかって、報道関係が騒ぎ出すと、海水浴客がすっかりいなくなり浜茶屋が消えて行く所もありました。どの時代でも言えることですが、健康に関する報道にはだれもが敏感で、あっという間に流行の激しいうねりになってしまいます。オーストラリアでは、夏は目だけ出してあとは布で身体を見せない様にしているという情報を手にしたある団体は、プール遊びをして太陽の光の中で笑い声をあげている幼稚園を見学して「こんな危険な園に子どもは預けられない。」と投書したということがありました。その時ある小児科の先生が「日本人は黄色人種です。白人のようにメラニン色素の少ない人種と違って、神経質になることはありません。少しでも日光を浴びてビタミンDを補うことも大切です。」というコメントがあったことを思い出します。夏しかできない大切な思い出を家族で作るのは大事なことだと思います。私は3人の娘と共に夕食の準備をしながら「この子達が大人になった時、社会はもっと変わるだろうな。」としみじみ思いました。
2012年08月01日 11:06

『思い出さがし』 47・夏休みの思い出①

長い長い夏休みを、小さな子ども達と過ごしたことを振り返ってみるのですが、楽しい思い出しか思い浮かびません。きっと親も楽しんだからでしょうか。朝、昼、晩と食事の用意が大変だと言われる方が多い様ですが、それも楽しかったなぁと思うのは、根が楽天家だからでしょうか。上の3人の娘達が0才、2才、5才の頃は、台所に立つことが多かったので3人の後を追いかけてばかりはおれません。電気屋さんで大きなテレビのダンボールを頂いて来て、その表に不要になった浴衣の布をほどいて切り貼りし、丈夫な箱にして窓をくり抜き、中が見える様にしました。深い箱なので自力で外へ出ることはできないので、3人の娘達は中におもちゃや不要になった鍋やしゃもじを持ち込んで、野原で摘んで来た草花を仲間に加えておままごとを楽しんでいました。その時の会話を聞いていると、私や幼稚園の先生と同じ口調で、同じ様なことを話しているのを聞いて苦笑したことがあります。窓を4つ開けてありましたので、中の様子がよく見えて親も学ぶことが沢山ありました。0才の娘はようやく座っておれる状態でしたが、上の2人の姉達は上手におもちゃを持たせたり、時々あやしたりしながら役割を決めておままごとは進んでいったのでした。トイレに行きたくなると「お母さん、出して。」と合図をするので抱きかかえて箱から出してやると、用を足して嬉しそうにまた入ってくれます。こうして食事の用意が出来上がり「いい匂いや。さんまの塩焼きか。」と二女の声を合図に食卓の用意に取りかかるのでした。 (つづく)
2012年07月20日 12:55

『思い出さがし』 46・海水浴

今はあまり海へ行くこともなくなったらしく、海の絵を描かすと船と魚しか描かないと小学校1年生の先生が話しておられました。あれから10年近くになりますが、ますますその傾向は強いようです。プールの設備が整って、温泉やホテルでもプールを設けている所が多くなりました。夏休みが終わると「温泉行って来た。」「ホテルのプール楽しかった。」と言う子が増えてきました。能登のキャンプ地でも地元のキャンプ地は観光客でいっぱいになるので、町のプールや近くの県のホテルの温泉プールへ行きます。と言う方が多くなり驚いたことがあります。今年は確かに昨年の津波のことや、放射能のことで神経質になり、海へ足をのばす人は少ないかもしれません。でも、こうした傾向は10数年前からのもので、紫外線のことなどガンにかかるのを心配して、いろんなグッズが流行しました。全身を水着で固めた若い人を見たことがありますが、露出部分が全くなく、帽子も肩までかかるものをかぶり、大きなサングラスをして浜辺を歩いていました。それもグループだったので異様な光景でした。私達の学生時代は何度も日に焼けて皮がむけ、皮がむけたことを自慢していた時代に育ったので、オゾン層が破れて紫外線がもろに入り込む地球環境の変化に驚いています。紫外線や放射線に脅かされずに、大きな海のふところに抱かれた昔がとても懐かしいですね。
2012年07月13日 12:55

『思い出さがし』 45・水遊び

いよいよ水遊びの季節になりました。水と遊んでいる子ども達を見ると、お母さんのおなかの中で水に浮いていた歴史があるんだなぁと思ってしまいます。とても伸びやかで楽しく安心して水に身を授けている光景をよく目にします。生命は水から生まれたと言われるだけあって、生き生きと目を輝かせて動く子ども達の自然な姿が、順調に育って来ていることの証となっている様です。でも、水の嫌いな子も何人かいて気になります。知人の産婦人科の医師と話し合った時、彼は「水の苦手な子は統計をとったことはないが、出産時、早期破水をして帝王切開に急遽切り替えた子が多いのではないかな。」水への抵抗感が本能的に記憶といて残っているのではということでした。また、乳児期に水との出会いが悪かった子も、きっと何らかの影響があるのではと話してくれました。例えば、お風呂で溺れかけたとか、いきなり冷水を浴びたとか、水たまりで転んだとか、とにかく水と関係のあるイヤな記憶があるのではないかというのです。それも、決して大人ならば忘れてしまう様なことが体で憶えているのが乳幼児期の特徴だと言っていました。水遊びの日にぽつんと周りで遠くの遊びを楽しんでいる子を見ている子にどんな記憶が残っているかはわかりませんが、人間は学習する動物です。少しずつ少しずつ水との戯れ方が分かって来ると、お母さんのおなかで水の中で安心して生活していた日のことを思い出して、水遊びを楽しめる子になるのだと信じています。
2012年07月06日 12:56

『思い出さがし』 44・ザリガニにさわる

20年前の子も今の子も小動物が大好きです。てんとう虫、だんご虫、かみきり虫、あぶら虫、青虫、おたまじゃくし、めだか、あめんぼう、かまきり、みの虫、バッタ、あり、ちょうなど、園庭や園の近くにある草むらや石の下をのぞいて群がる子は男の子が多い様です。園の遠足で取りに行くザリガニも興味があり、釣りに行く時を含めて大人気です。取って来たザリガニを大きなタライ等に入れておくと、小さな子から大きい子で皆のぞきに来て「さわった。」「つかんだ。」「こわい。」「にげた~。」「ちょっとつついた。」と口ぐちに騒ぎながら、つかんだ子は憧れの的になります。いつもはワンパクな子でもハサミを持ち上げて後ずさりするザリガニは恐いらしく「こら、ハサミはダメ!」「おとなしくしろ!」などと口では強いことを言ってますが、タライのふちから身体をのけ反らせて逃げ腰です。その反面、いつもは大人しい静かな子が、グイッと大きな強そうなザリガニをつかんで、上のほうへ持ち上げるのを見て「スゲー」と小声で言って、ひそかに尊敬の瞳でその子を見て、自分も持ってみようとするのですが、ツメが恐くてなかなかできません。次々とつかんで見せてくれる子が続くと、そっとその場から離れて行ってしまう子もいます。やがて元気なザリガニも触られて元気がなくなり大きなツメを振り上げなくなると、ワンパクで負けたくない子の出番です。大きなザリガニをつかんで嬉しそうに「やったーつかまえたぞー!」と叫んで自信を取り戻します。「少し弱ったからや。」と言う女の子の一言で、無言で水の中へ戻す姿がかわいいです。
2012年07月02日 12:57

『思い出さがし』 43・かたつむり

4才児は小動物が大好きでよく遊びますが、小動物にとっては受難の時でもあります。とにかく子どもは手加減をする子もいますが、どんどんエスカレートすると夢中になって小動物を傷つけてしまうのです。木の枝にかたつむりを這わせていた4才児達が、余りにもノロノロしているので手で押し上げていると、その力に負けて枝から転げ落ちたかたつむりが、少し水をはっておいた水槽の中に落ちてひっくり返ってしまいました。それを拾いあげてもう一度木の枝に乗せるのですが、カラの中に首も角も引っ込めてしまってなかなか乗ってくれません。「がんばれ、がんばれ。」と言う子「つの出せ、やり出せ、目玉出せ。」と歌う子、へとへとになっているだろうかたつむりを思って、ストップをかけようと思っているところへ、年長組の男の子が2、3人通りかかり「静かに休ましてやらんと、顔出さんよ。」と言っているのが聞こえました。「それに、そんなに強く持ったらカラがつぶれて死んでしまうぞ。気をつけな。」と付け加えています。かたつむりを手にしていた4才児は、そっと手を離してかたつむりを葉っぱの上に置きました。それを見つめる4才児。「あっかたつむりのお家ちょっとつぶれとる。」と大発見します。「どれ?どこや?」とのぞきこむ年長児。「ほんとや。でもこれくらいなら大丈夫や。少しそっとしておいたら元気になるよ。まだ割れとらんし、水入って来んし。」と勇気づけてくれます。ほっとした空気が流れました。体験から学んだことをしっかり伝えている年長児の存在がとても嬉しく思え、こうして伝え合う世界が幼稚園にあるんだなと、集団のありがたさを大切にしたいと思いました。
2012年06月22日 12:58

『思い出さがし』 42・雨の中のおさんぽ

ある日の避難訓練の日、途中から雨に降られて藤棚の中に雨やどりをした時がありました。その日は第二幼稚園も同じ状態となり、トンネルの中に雨やどりをしたのです。その時の子ども達の声が先生方の日誌に綴られていました。「先生、雨の音がする。」「ほんとや、すてきな音楽みたいや。」「下の方から何か空気のにおいがする。」「雨のにおいや。」「そうや、パパと一緒に田んぼのおたまじゃくしを取りに行った帰りにも同じにおいがしたよ。」「葉っぱの間からポツンポツンって落ちてくる雨さんの音にもにおいがする。」「葉っぱが嬉しいなって雨を飲んどるね。」「雨の日もいいもんだね。」と言うわんぱく坊主がいて、みんなで大笑いをしたと記されていました。そして、雨の日におさんぽしようという子ども達の声を大切にして、優しく雨の降る日に傘をさして園の周りをおさんぽしたり、園庭をみんなで傘をさして一周したりしました。長靴を履いて嬉しそうに出かける子ども達の顔は輝いていました。おさんぽが終わると子ども達から「先生、雨のにおいは今日とこの前のにおいと違ってた。今日のにおいは甘いにおいがするよ。」「傘と雨がお話してたよ。そして、バイバイってしずくになって落ちていったよ。」と話してくれました。子ども達は詩人です。心の中に素敵なことばを持った詩人です。そんな子ども達の声を聞いて、感動できる大人が少なくなったのが残念です。
2012年06月15日 13:06

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